課外活動

東京セレソンDXとは?

97年東京セレソン旗揚げ

1997年12月、宅間孝行が養成所時代に一緒だった武田秀臣と二人で前身である「東京セレソン」を旗揚げする。

当時はシナリオライターの長田敏靖氏が脚本を、映画監督の伊藤秀裕が演出を担当するスタイルで、宅間と武田、他数人のレギュラーメンバー以外は、毎回ワークショップオーディションを行い、キャストを選抜する形で公演を行っていた。これにより98年6月の第二回公演で永田恵悟が、2000年7月の第8回公演で越村友一と須加尾由二がセレソンでの初舞台を踏む。ちなみに越村は、演劇自体これが初舞台で、ありがちなパターンで千秋楽後泣いていた。全く美しくなかった。みんなとても気持ち悪がっていた。

<受賞その1>

2000年7月の第8回公演「律儀な君の照れ笑いは夕闇にすすけてたし」で<萬スタジオBACKUPシリーズ>に参加、見事グランプリを受賞する。グランプリによって劇団は一気に飛躍した……かったし、そのつもりだったが、つもりで終わる。タイトルが長すぎたとの反省もある。ちなみにこの芝居のサブタイトルは……「その上僕の顔は涙でゆがんでたはず」……もはや誰も正式なタイトルを言えない受賞作である。

<2001年東京セレソンデラックス旗揚げ>

2000年12月の第9回公演を以って「東京セレソン」としての活動にピリオドを打ち、2001年4月「傷―KIZU―」から「東京セレソンデラックス」と改名して活動を再開する。これ以降、宅間がサタケミキオ名義で作演出も手懸けるようになる。
宅間がペンネームをかたり始めた理由は、お客さんが芝居を見ながら「あいつが書いたんだよ、この本」と思われると、自分がいい役をしづらくなる、という理由だけである。現在、名前を統一してもいい役をやっているのは、それだけ面の皮が厚くなった証拠である。デラックス以降は、主にセレソン時代に出演経験のある俳優陣に声を掛け、ほぼプロデュース集団に近い形態で、作品を年に3〜5本上演。たまに行ったワークショップオーディションで初期の常連メンバーや現在もたまに出演する俳優陣と出会う。

<受賞(してないけど)その2>

2001年劇団内ユニット「ゴールデンカルテット」でE1グランプリに出場。「DUET」で惜しくも準優勝。優勝賞金200万円を取り逃がす。でもまあ結果、準優勝という事もあり、世間の見る目が全く変わる……はずだったが、演劇誌を始め世間は全く見向きもしなかった。ちなみに宅間は優勝を逃し、悔しくて、マジ泣きしていた。みんな、「いい大人なのに」と思っていた。

<口コミの力>

2005年夏、それまで毎年夏に上演してきた切ない3作品を3ヶ月掛けて一気に上演する「切ない夏の風鈴3部作」@中野ザ・ポケットでそれまで1公演1500人程度だった集客が一気に倍増する。これはお客さんの口コミによる効果。その後もお客さんの口コミで集客を伸ばしていく。

<劇団形成とテレビその1>

2006年正月に行った番外公演「福袋」で伊藤高史がゲストとして、セレソンで初舞台を踏む。味を占めて、密かに劇団員を目指し始める。
2006年「流れ星」を以って劇団としての形態を正式にとる。(集客2900人)
それまで多くのセレソン公演に参加していた永田恵悟と越村友一もこの時点で劇団員となる。当初劇団員は10人程度。その後脱退や加入があって現在に到る。
同年10月クール、劇団によるテレビ番組「魁!セレソンDX」(テレビ大阪、テレビ東京)を、当時の劇団メンバーを中心にしたキャストで深夜帯に放送。それほど話題にならず。

<初の大阪進出とテレビその2、そして微妙に受賞その3>

2007年「あいあい傘」で初の大阪公演。(集客・東京5500人、大阪3000人)
2007年10月クールで劇団の作品「歌姫」がTBSで連続ドラマとして放映される。ちなみにこのテレビドラマ「歌姫」は、その年のギャラクシー賞のマイベストTV賞でグランプリを受賞。しかし、取り立てて、劇団がクローズアップされることもなく。
2007年秋に永田恵悟が脱退、冬に復帰。謎の行動を取る。

<モバイルサイト開始>

2008年より携帯専用の劇団サイト、セレソンモバイル開始。

<初の名古屋進出と大阪の大盛況>

2009年「流れ星」で初の名古屋公演。初物には厳しいという前評判を覆してテレピアホール4日間5公演を満員御礼の完売。3年目の大阪公演では、セレソンとしては初の大劇場とも言えるシアターBRAVA!進出。予想を大きく覆し、これも大成功を治める。(集客・東京9000人、大阪7000人、名古屋2000人)

宅間は、この年よりサタケミキオのペンネームをやめて、本名の宅間孝行で、脚本演出などの活動も行う事に。二つ名前がある事が殆ど意味がないと気付いたようである。気付くのに掛かった歳月が実に9年。気付くの遅すぎである。

2009年より、須加尾由二が劇団員に。

<初の札幌進出>

2010年「くちづけ」で初の札幌公演。
2010年より伊藤高史が、単なる飲み友達から、兼ねてより念願だった劇団員に、昇格。



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